みさちのにっきちょう

ハイパムフィクサーというバンドのベースの人がどーでもいいことを書いています。Twitter@misachi_bass

ポートフォリオレビューでウナギの話をされた思い出

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特に理由もないけど、昔のことを思い出したりしている。

数年前までは、わたしは写真作家を目指していて、それはそれは一生懸命にやっていた。社会人になって子どもができてからも、どうしても学校に行きたくてまた通ったし、唯一ひとりになれる平日の休みは美術館へ行ったり、カメラを担いで出かけたりした。なかなか思うようにいかなかった。

 

1番最後に受けたポートフォリオレビューのことを、今でもたまに思い出す。写真を人に見せることは何度もあったけど、たぶん、わたしの心が折れたポイントがあるとしたら、その時だと思う。ポートフォリオレビューはレビュアーを選んで何人かに見てもらうものだったのだけど、とにかく何ひとつやりたいことが分かってもらえなかった。作品の強度も足りなかっただろうし、まぁ、つまんなかったんだろうな。端っこみたいなところをコテンパンに叩かれた。まぁ、それはいい。それはいいのだが、最後のレビュアーの人のレビューのときだ、作品のプレゼンを終えたところで、出身地の話から、ウナギの話になったんだ。ウナギ、おいしいよね、おいしいお店知ってる?みたいな。これはもう、本当にショックだった。一瞬で、ああこれは作品が面白くないし何も言うことがないってことなんだろうな、と理解したけれど、そうされたら反論さえできない。他のレビュアーのときはまだ反論もできたけど、ウナギの話をされたんじゃ、なにも話せない。結局、終始適当な雑談となり、その人は時間が来た瞬間に隣のレビュアーの人と2人でランチに出かけて行った。わたしは机にひとり残された。作品を箱に戻す。屈辱的だった。本当に悔しかったし、情けなかったし、何が何だか分からなかった。

 

嫉妬心もあるし、劣等感もあるし、ずっと、まるで片思いしている中学生みたいだった。あの作品より、わたしの方がいいのに。わたしだって面白いもの作るのに。どうして分かってくれないんだろう。誰かわたしを見つけてほしい。やれどもやれども、見えるのは自分の才能の限界と、物理的、時間的限界だった。

 

ウナギ大好きなんだけど、ウナギを食べる度にあのレビューを思い出すんだ。ウナギの話をされて、わたしの口元はとてつもなく歪んでいただろうと思う。ニコニコと人当たりよく陽気な人だった。でも、何かで上り詰めている人というのは、どこか冷静で残酷なところがないとダメなんだろうなと思う。そういう人じゃないと、極めるってできないんだろうな。いわゆる、偉い人を見てるとそう思う。

 

特にオチはないわ。悔しかったな。ほんとに。