みさちのにっきちょう

ハイパムフィクサーというバンドのベースの人がどーでもいいことを書いています。Twitter@misachi_bass

怒りを覚える時は、つまり自分を見てる

誰かに怒りを覚える時、それは自分に腹が立ってる時だと思う。

 

なんでこんなに伝わらないんだろう、なんて、傲慢だ。怠惰の罪だと思う。伝わらないことに怒ることの虚無感にもう飽き飽きする。伝えたいとか言って、その手段を持ち合わせていない。言葉が足りないんだ。技術も足りない。生まれつきなんてないんだ。人は学習する。学習しなければつまらないままだ。最高につまんないのは自分だ。

 

たぶん、行間をずっとずっと突き詰めていけば、全ての物事は容易に理解できるのかもしれない。それでも、なんだか馬鹿馬鹿しくなってしまう。コミュニケーションは難しい。怠惰の罪だ。本当は誰とも話なんかしたくないのかもしれない。ひとりで虚構の中にいたい。虚構はどこまでも安全で、安心で、心安らぐ。現実は恐ろしい。ずっと安らかでいられる。見たくないものは見ない。聞きたくないものは聞かない。ぬるい。怠惰だよ。

 

いろんなことが矛盾していて、よく分からない。怖いんだよ、何もかもが。怖いくせに、平凡でもいられない。普通に生きることこそが1番の難題なんだよ。どうすればいいんだよ。頭がおかしいんだよ。誰を憎めばいいか、それすら分からないんだよ。

 

わたしは、持ちすぎた。ずっと手ぶらでいるべきだった。愚かであるべきだった。そう思う。守らなければならないものが増えすぎた。そしてわたしは傷つきすぎた。守れもしないのに、持つべきではなかった。何気ない、簡単な、全てに、打ちのめされる。

 

気分が悪くなるくらいの後悔と、嫌悪と、溺れながら、根拠の無い期待をしてる。こうやって、最後に出てくるのはあてもない期待だ。馬鹿みたいだ。これだよ。いつもこれ。よじ登るしかないのに。誰も助けてくれはしない。誰もだ。

 

全部が怖いんだよ。ばーか。

 

おわり。