みさちのにっきちょう

ハイパムフィクサーというバンドのベースの人がどーでもいいことを書いています。Twitter@misachi_bass

過去記事を読んで、最近の自分を振り返ってみてる

ちょうどハイパムフィクサーをやり始めてすぐぐらいにこんなエントリを書いてた。

酔っ払って調子に乗ってるけど、やっぱりライブは最高だ。 - みさちのにっきちょう

今読むと、なんか変な感じだ。あの頃とはだいぶ変わった。

 

今はただ、いいものが作りたいという気持ちが強い。作れば作るほど、もっとできるんじゃないかというきがしてくる。書いて、作って、パッケージングする。完成のボーダーラインを決めるのは自分たちだ。どこで手打ちにするか、どこで完成にするか、それを決めるのは難しい。だけど、1度完成にして終わらせないと、たぶん次にはいけない。作ることっていうのは、終わりが近づいてくると、苦しくなってくる。最後の最後が1番苦しい。そこを力技でねじ伏せて、終わらせる。終わらせたら次を作れる。時間が経てば、ある程度作ったものを冷静に見ることが出来る。そうすると、次にどうすべきか見える。完成させないと、いつまでも迷ったままだ。

 

質の高いものが、手軽に手に入る世の中だから、発展途上のものを世の中に投げるのは怖い。そして、手軽に発信できるかわりに、誰でも誰かを手軽に傷つけられる。そういうところでわたしは勝負しようとしているのだ。だけど、前のエントリを書いた時よりはずっと前に進んでる。何もしないよりずっとずっとマシだ。だから、何を言われようとも作り続けて、発信し続ける。量のない質は有り得ないのだ。

 

最初の頃はずっと、昔の自分を思い出して歌詞を書いていた。いつも思いだすのは、自転車に乗って田んぼのなかの、道を走る自分だった。たくさん書いた。そのあとは、失ったものについてずっと書いていた。永遠に触れられないもの。二度と会えないもの。そういうものだ。近頃はまた書くべきものが違うのではないかという気がして、また違うものを書こうとしている。書きたいものがあるのだが、言葉が足りない。わたしは、それ、についての言葉を持ち合わせていない。うまく書けないのだ。どんな言葉を使えばいいのか分からないんだ。

 

今、わたしが、自分のためだけに音楽をやっているかというと、そうでもない感じがする。半分は自分のためだ。半分は、誰かのため。これから出会うであろう誰かのためだと思う。届けたいんだ。たぶん。まだわからないけど。

 

いろんなことがあったし、これからの方がいろんなことがあるだろうと思う。もっと苦しいことがあると思う。それも楽しみだと最近は思える。RPGみたいに、ちょっとずつ出てくる敵キャラが強くなってくる。たまには負けちゃうだろうけど、そしたらレベル上げしてまた挑めばいいんだ。エンディングまではまだ遠い。どんなエンディングになるのか楽しみだ。

 

おわり。