みさちのにっきちょう

ハイパムフィクサーというバンドのベースの人がどーでもいいことを書いています。Twitter@misachi_bass

この1年について

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いろんなものを得て、いろんなものを失った。

わたしはずっと、一度得たものはずっとそのままでいてくれると思っていて、たくさんのものを得ることで豊かになれるのだと思っていた。手に入れたものが増えていけば、それは幸せなのだろうと思っていた。だから、できるだけ、自分から何もかも離れていかないように、細心の注意を払っていた。少しでも離れてしまいそうなものは必死でつなぎ止めようとした。離れてしまうのは自分の努力が足りないからだと思っていた。

 

手放すことで、豊かになれると知ったのは、つい最近のことだ。それはミニマリストとか、物質的な意味ではなくて、精神的な意味でね。大切なものは、時と共に変わっても良いのだと知った。自分のことを大切にしてくれない人は、わたしも大切にしなくていいんだと知った。それは自分のせいではなくて、人それぞれにちょうどよい距離感とか、心地いい関係というのがあって、人はみんな、心地よい相手を探している。だから全部を自分が受止める必要は無いのだ。わたしにも幸せになる権利があって、自分を守る権利がある。だから、わたしも選んでいいんだ。わたしは決して無価値ではないし、罵られる必要のある人間ではない。そう学んだ。やっとだ。やっとここまできた。何年かかっただろうか。

 

それでも手放す時は怖い。人のことはあたかも分かったように言えるけど、自分のことはどうしても思うように行かない。手放すこと、離れていくこと、諦めることはどうしてこんなに怖いんだろうか。もしかしたら、わたしがもう少しがんばれば、どうにかなるのかもしれない。そう思ったらきりがないのに、しがみついてしまいそうになる。怖いんだ、見捨てられるのが。とてつもなく。

 

生き方を変えるのは難しいことですよね、よく頑張りましたね、そう言われて、はっと気づいた。そうだ、わたしは変わりたかったんだ。この地獄みたいな堂々巡りから、抜け出したいんだ。わたしの人生でこんなにも強く変わりたいと思ったことはないかもしれない。それと同時に、こんなにも、何かが変わり始めているという手応えを感じたのも初めてだと思う。さぁ、ここが分かれ道だ。さよならは、潔くなんかできない。何度も振り返ってしまうだろう。分かっているけど、少しすつ変わり始めている感覚があるから、歩むのをやめずにいたい。本当の意味で、今はもう、ひとりぼっちではない。変われるときがきた。やっとだ。

 

おわり。