みさちのにっきちょう

ハイパムフィクサーというバンドのベースの人がどーでもいいことを書いています。Twitter@misachi_bass

眠る寸前に書くとりとめない文

f:id:s_awa:20180914225317j:image

悲しみは冷たい水に似てる。

 

眠りに落ちる寸前、いつも考えてしまう。悲しみは、冷たい水に似てる。大きな湖にだんだんと沈んでいくようだ。冷たい水がつま先から身体を冷やしていって、全身が冷たくなっていく。そんな感じ。今日も雨が降ってる。

 

昔からいつもここではないどこかへ行きたかったから、同じようにここではないどこかへ行きたがっている人と引き寄せあってしまう気がする。別にどこへも行けないことなんて分かりきっていたけど、わかり合いたかったのかもしれないし、慰め合いたかったのかもしれないし、楽しいフリをしていたのかもしれない。お互いに求めるものを演じていたのかもしれない。それで救われてるのか、余計に落ちてるのか、よく分からない。なにか決定的に欠けているんだと思う。欠けているものどうしは引き寄せ合うけど、結末はハッピーにはなれない。絶対なれない。

 

わたしの認知は歪んでいるので、ときどきわざと自分を貶めることをしたくなってしまう。不幸になりたいわけではないのだけど、汚れてて最低でわるい人間であるくらいが心地いいというか、そうあるべきであると思う時がある。特に何かを失ったあとは、自分が最低であることを確かめずにはいられない。意味がわからない。

 

物理的行為に置き換えれば気が済むのではと思って10何年ぶりかにピアスを開けてみた。痛かった。でも別に意味はなかった。一瞬満たされたような気になったけど、まぁ一瞬だった。若い頃にポコポコ穴を開けたり拡張したりしていたけど、あの開ける時の恐怖感と緊張感とか、あいたときの痛みとか達成感あるとかが気持ちよかったんだろうな。なんだか自分はだいぶ鈍感になってしまったようだ。よく考えれば、これまでピアスなんかより怖いことも痛いこともあったから当たり前か。

 

ここ何日か、ずっと宅録でボーカルを録ってる。宅録だから何回でもやり直せるから、何回もやってる。わたしはツギハギで録るのがあまり好きじゃなくて、失敗したなーと思ったら最初からやり直して、とにかく終わりまで1発で行きたい派。細かいところとか、少しずつ修正しながらパンチインしてくのが賢いし完成度も上がるんだろうけど、どうにもしっくりこない。終わりがないことに終わりを決めるのはとても難しい。なにか足りない感じがすごくする。

 

そろそろ眠ろう。