みさちのにっきちょう

ハイパムフィクサーというバンドのベースの人がどーでもいいことを書いています。Twitter@misachi_bass

最高潮にムカついている

今日もまたどうでもいい話です。

 

暑くて暑くて、もう夏が来たようです。何をみても、何を聞いても結局悲しくなってしまうので、どうしたものかと思っています。自分に背負える分だけの悲しみや孤独を背負えばいいんですよと言われたけど、果たしてわたしに背負える分とはどれほどなのでしょうか。悲しみを分け合うというよりは、後悔と怒りと、会いたい気持ちでぶん殴られている気分です。この野郎。

 

もう許すしかないし、認めるしかないし、どう転んだってこうなるって最初からわかっていたことなのに、悲しみと怒りを行ったり来たりしています。たぶんその人は弱かったんですね、って先生は言っていたけど、弱くない人間なんていないんじゃないかと思うのです。わたしだって弱かったから、こうなってしまったわけで、お互い様だったりしてそれがまたムカつく。

 

最近若い人たちと話していて思ったんだけど、若いかどうかに限らずだけども、当たり前に未来を想像できる力や希望が本当に羨ましいし輝いてる。未来について思い悩むこと自体がすでに未来を信じている証拠だと思うわけです。死が近い人ほど、過去について話し出す。みんなそうだった。突然、すごく過去のこととか話し出すんだよね。もう未来がそんなにないってわかってるから過去を振り返って幸せを思い出すのかもしれない。私はそこまで振り返りたい過去なんてないから話さないけど、かといって未来について思い悩めるほど未来を信用していないんだと思います。人は死ぬんだよ、あっさり死ぬ。

 

これまでいろんな人と出会って、さよならした人もたくさんいるけど、生きててくれればそれでいいなと思う。もう連絡もつかない相手もたくさんいるし。たまたまお互いの道の途中で肩がぶつかっただけなんだろうと思う。そういう風に生きていくのかなぁ。変化していくことを恐れてはならないと思うし、人間関係が変わるときは階段を登ってるときだってわかるけど、たまに過去が恐ろしいほどの勢いで襲いかかってくることがあって困る。こうやって、また、不意に思い出す類の思い出が増えるんだろうな。大人になるっていうのは大変だ。たくさんの過去を背負って生きていくのかよ。ハイパーキャッチーな人生、いつまでたっても憧れるわ。

 

そんなこんなで悪態をつきつつも、わたしは負けたくないし、死ぬ瞬間にムカつく過去ばかり思い出すのはいやなので、また全力で走り出すことにしました。久しぶりに全力疾走する気がする。また逃げるために全力疾走かよと思うけど、いいんだ。走れるうちに走らないと、走れなくなる日はあっという間にくる。待ってる時間はないし、もう未来も過去も信用しません。わたしはわたししか信じないし、わたしはわたしを信じることにしました。まだ負けたくないです。わたしに夢を託して勝手に消えていった人も、わたしに才能がないとディスっていった人も、わたしを裏切って諦めていった人も、わたしを利用して幸せでしたとかほざいていったクズも、どうぞわたしを見つめて羨んでください。わたしは負けません。

 

おわり。