みさちのにっきちょう

ハイパムフィクサーというバンドのベースの人がどーでもいいことを書いています。Twitter@misachi_bass

触りたいのに触れないもの

たまに自分が本当に欲の塊だなぁと思う時があるんですけども。

 

大切すぎて触りたくない、っていうのはわたしの中ではよくあることなんだけど、大切すぎるものほど、現実を見たくなくて、虚構の中で永遠であってほしいんだよね。現実は時間の経過とか序列があるけれど、自分の虚構の中でならすべてを自分のモノに出来る。だから、わたしは、大切なものほど触りたくないんだ。

 

遠くに離れているものほど、自分の中で抽象化して神格化しやすく、崇めやすい。近くにいるものほど、些細なことで理想から遠くに離れてしまう。わたしはたぶん、現実を見たくなくて、遠いものに恋をしてしまう。そして、できるだけ遠くに置いたまま、自分の中で神格化して崇める。それが一番心安らぐからね。現実世界では、競走ばかり。嫉妬もするしね。自分だけのものにしたいなら、虚構の中に入るのが手っ取り早いんだ。

 

結局は、欲望を原動力としたものには限りがあるけど、信仰を原動力としたものには限りがないのだと思うのですね。個人的な期待や欲望は、近づくにつれ、いつか冷める時が来るわけだけども、信仰というのは、もはや近づくことはできず、自分の中で理想像が作り上げられていって、ひたすらそれを追いかける行為だと思うのです。信仰には終わりがなくて、何もかもヲ自分で自分が信じたいように解釈してしまうと思うのです。何もかも。あたかも、すべてを知っているかのように。だけれどそれは、何一つ触れていないから出来ることで、少しでも触れてしまったら現実世界に引き戻されてしまって、それは競走や戦いの始まりを意味すると思うのです。

 

自分だけを愛してくれて、自分だけを分かってくれて、自分のためだけに存在してくれるもの。決して裏切らず、そこにあり、常に与えてくれるもの。そんなものありえないのに、そういうものばかりを求めているのです。

 

おわり。