みさちのにっきちょう

ハイパムフィクサーというバンドのベースの人がどーでもいいことを書いています。Twitter@misachi_bass

怒りの感情について考えている

ここ最近の思考テーマは「怒り」だ。

 

怒りについて、わたしはマイナスイメージしかないと気がついた。怒りは、恐ろしく、人を傷つけ、理性を失わせる。そんなイメージばかりだ。しかし、確実に自分の中にも怒りは生まれる。怒りを抱かないなんてことはできないらしい。

 

どうしてこんなにも怒りを嫌うのかよく考えてみたのだけど、過去に色々な場面で「怒りを利用して人をコントロールしようとする人」に苦しめられてきたからだ。

特に鮮明に覚えているのは、前職で接客業をしているときのこと。前職は接客業なのだけど少し特殊な業種で、ものを売るわけでもなく、お金のやりとりがあるわけでもない、いわゆるサポートセンターのようなサービスを提供する場所だった。そこにはいろいろな人がいろいろな要求を持ってやってきた。長い間務めていたから、いろいろな人に出会った。その中でわたしがどうしても苦手だったのは、怒りで欲求を通そうとする人達だ。そういう人たちは、最初は普通のテンションでやってくる。そして、涼しい顔で、ルールや常識を飛び越えた要求をしてくる。ここで下っ端のわたしはその要求に対してなんの権限も裁量ないわけだから、当然、お客様申し訳ございませんが・・・と頭を下げて他のお客様と同じ条件でお受けする旨を伝える。そうするとスイッチオンだ。さっきまで余裕ありげだった顔は怒りで歪み、声は大きくなり、時には汚いことばを怒鳴られる。自分はいかに優良な顧客であるか、自分がどれだけ正当であるかをまくしたて、その顧客の要求に応えないのはおかしいと怒鳴られる。ここでもちろんある程度までは話を聞かなくてはならない。一通り聞き終えたら、上の者に確認致しますと言って下がる。だけどここですぐに役職の高い人が登場してしまったら相手の思うつぼなので、なかなかエラい人は登場しない。そういうのも企業としての交渉術だってわかってるけどね。それで、何度かお客様と上司のあいだを伝書鳩する。お客様はこう仰ってます、じゃあこの案を伝えてみて、お客様こちらではいかがでしょうか?、でまた怒鳴られる。早く責任者を出せ。また伝書鳩する。何人かステップを踏んで、少しずつエラい人が出てくる。最終的に高価な背広を着た男性が出てきたあたりで怒りは鎮まり、交渉は終了する。交渉の結果は人によってまちまちだけどね。要求が通って満足した人は、今度はニコニコと上機嫌になる。そして、どれだけ製品を愛用しているか、自分はどれだけ優良な顧客かをまた話し始める。すべてが終わると、さっきは大きな声出したりして悪かったね、また来るね、なんて言って帰っていく。中には、帰った30分後に菓子折を持ってきた人もいた。さっきは悪かったね、仕事頑張ってね、なんて言いながら。その人は最終的には最初から菓子折を持って怒りに来るようになったけど。

わたしはこのやりとりに毎回うんざりしていた。自動ドアからあのお客様が来る、運悪く自分が一番近くにいたら無視するわけにもいかない。ああ、今日も怒鳴られるのか。今日は何分で終わるだろうか。気に入られなかったら延々怒りを向けられるし、気に入られたら気に入られたで毎回ご指名を受けるようになってしまう。なぜかこういう人達はご指名が好きだ。〇〇さん、いる?なんて話しかけてくる。ここはそういう店じゃないのに。

 こういう人はひとりじゃない。割とよくある。大なり小なり、怒りをちらつかせて要求を飲ませようという人は多い。怒り方も人によって違うし、本人達は多分無意識というか、そうやって行動することによって自分の要求を達成することができるってことをこれまでの人生で学んできたんだろうと思う。

 

そんなわけで、わたしは怒りに対して非常にマイナスなイメージしかない。そして、誰かの怒りに触れるのも怖い。怒りを向けられるのはもちろん怖いし、怒っている人を見るのもいやだ。親しい人が怒っているところをみるのもいや。とにかく怒りそのものを見たくない。だけど、自分だって怒りの感情がないわけじゃない。自分の中にも怒りがある。理不尽なことをされた、傷つけられた、そうすれば怒りは生まれる。傷つけられたことに対する報復の欲求が怒りなのだとしたら、怒りは消せないと思う。だから矛盾してる。一番見たくないものが、自分の中にも生まれてくるのだ。

基本的に怒りを表現するのが苦手だ。特に近しい人にほど、どうやって怒りを表現していいかわからない。そんな話をしたら、それは怒りを表に出さないことで自分が得をしているんだと言われた。そうかもしれない。怒りはなくならない。だから自分で管理できるようになるのがいいらしい。怒りの感情に囚われているとき、一方では自分を見下ろす自分がいて、なんて醜いんだろうと思う。わたしが大嫌いなあのお客様たちと同じ顔をしているんじゃないかと思う。それが怖い。

 

怒りの感情はなくてはならないものらしい。

困ったな、まだ収まりよくなるまでは遠そうだ。

 

おわり