みさちのにっきちょう

ハイパムフィクサーというバンドのベースの人がどーでもいいことを書いています。Twitter@misachi_bass

あの3分間と、わたしが音楽でやりたいことについて

昨年、オーディションの最終審査へ行ってきたんだけど、そのときのことをまだ考えてたりする。

 

また配信の楽曲提供イベントに参加して最終審査に行ってきたはなし - みさちのにっきちょう

 

パフォーマンス時間3分、そのあとの司会の方とのトーク3分。合計で6分。あのとき、もっと他のとこを話せばよかったんじゃないかって、もっと話すべきことがあったんじゃないかっておもって、それについて考えている。当日に何を話したかは緊張していたしあんまりよく覚えてないんだけど、なんか、普段はバンドをしてて神奈川で活動してます、楽器を持たずに歌うのが初めてで緊張しました、みたいな話とか、あとは出身が静岡ですみたいな話とかしか気がする。けど、それって本当にどうでもいいっていうか、限られた時間で言うべきことじゃなかったなって今は思う。どういう風に進行していくかとか、どんな質問されるかっていのは事前に知らされて無くて、ただただ聞かれたことに答えるのに必死だった。

 

最近、曲作りをたくさんしていて、今までは後回しにしてた歌詞もきちんと全曲書き上げてからメンバーに送るようにしてる。今まではメロだけ送って歌詞はまた後で書くから!なんてことが多かったけど、それはやめた。メロを作りながら歌詞も書くようにしてる。歌詞から書いたりもするし、完全に同時進行にしてる。そしたら、だんだん、やりたいことが鮮明になってきた感じがしてるのよね。前からやりたいことは決まってたけど、それに形がなかった。なんのために音楽やるのか、バンドで曲作ってなにを伝えたいかとか。自分の中にはあったけど、共有されてなかったし、曲にもなってなかったし、真意をとどけるにはまだまだ数も足りなかった。だけど、今は輪郭がはっきりしてきたと思う。

 

それで、またあの3分のことを考えてる。あのとき本当にわたしが伝えるべきことは、やっぱりほかにあったんだ。

 

わたしは、バンドをするためにバンドをしてるわけではなくて、伝えたいこととか表現したいことがあるから、そのために曲を作ってて、バンドしてる。わたしは今まで絵を描いたり写真を撮ったり文字を書いたり、いろんなことで表現活動をしてきた。けど、どれも挫折した。自分の才能のなさに嫌気がさしたのもあるし、だんだん何のために、何を描けばいいのか何を撮ればいいのか分からなくなってしまったというのが一番の理由だと思う。カメラを持っても、なにを撮っていいか分からない。いろんな批評家の人達の言葉を聞きすぎたせいもあるかもしれないけど。音楽や曲作りは、写真に比べるとだいぶダイレクトな表現方法だと思う。写真はそのものを写せないけど、音楽はそのものを歌うことも出来る。だから今のわたしにはあってると思う。

話は前後するけど、なにを撮っていいか分からなくなってから、わたしはだいぶ腐った。生活は苦しいことだらけだったから、写真で認められることが自分の唯一の存在証明というか自分がいていい理由だと思っていたのに、その写真ですら何も出来なくなってしまって、どうしていいか分からなかった。ただただ毎日は苦しく、仕事してクタクタになって、帰ったら保育園のお迎え、夕食を作ってお風呂に入って寝る。また朝が来る。たまにある平日の休みも、ただ疲れを癒すために過ごす。美術館へ行けなくなって、本も読めなくなって、映画も見れなくなって、音楽も聞かなくなった。全部疲れるから。とにかく疲れていた。そして限界がきた。薄々はいつか限界が来るだろうとは思っていたけれど、わたしの限界が早いか、夫が変わるのが早いか、完全に意地になってた。そして、わたしが先に限界になった。仕事を辞めた。それから、自分を整理する期間が始まった。紆余曲折あって、カウンセリングを受ける事にした。そこから徐々にいろいろなことが変わっていった。

 

わたしはとにかく自分のことを人に話すのが怖かった。だから、最初は本当に怖かった。今でも怖くてお腹痛くなるけど。現在のことを話しているつもりが、どんどん掘り下げていくと思いもよらないものが出てくる。過去の事、幼少のころのこと、忘れていたことが突然ボロっと出てきたりする。辛いことを話す時は、今でも泣いてしまう。だけど、言語化することで救われるし、泣けることも、話せることも、それは整理がつき始めてるということだと思う。本当に怖いものは見ることも思い出すことも、ましてや話すこともできない。

 

前置きがとても長くなってしまったけど、わたしは、わたしのために曲を作っている。過去のわたし、苦しい思いをしていた自分に、今の自分からかけられる言葉はなんだろう、届けられるものはなんだろう、過去の自分を癒したいし認めたい、だから曲を作る。そして、過去の自分を癒すことで自分も癒されてる。だからまた作る。そして歌う。バンドで自分の曲を歌うことで癒されてると思う。

 

そして、もし、わたしと同じように苦しんだり哀しんだりしている人に歌が届いたらいいなと思っている。これは少々傲慢かもしれないけど。ある人が、辛い思いをした人ほど、ほかの人に優しくできると言っていた。その人は実際にそうやって生きていた。だから、わたしは私のできるやり方で、優しさみたいなものをとどけたい。そしたら、わたしの歩んできた道のりも無駄じゃなかったと言える気がするし。

 

何かを作って発信したり、人前に出てなにかをするっていうことは、嬉しいことだけじゃなくて、必ず辛いこともセットでやってくる。音楽をやろうって決めてから、既に何回もそういうことがあった。スルーする力は前よりあるけど、それでもなにも傷つかない人間なんかいなくて、わたしだって傷つくし、今でも忘れられない言葉がたくさんある。だけど、もう1度、表現をするってことにチャレンジしてみたい。有名になりたいとか、あいつより私の方が上手いとか、そういうことじゃなくて、ただ、自分が作るもので挑戦したい。そういう気持ち。

 

とても3分で収まる話じゃないけど。だけど、本当に伝えたかったのは、こういうことだったんだ。歌が特別うまいわけでもないし、特別ルックスがいいわけでもない。けど、やめない。わたしのために、やってく。

 

今はそんな気持ちです。

 

おわり。