みさちのにっきちょう

ハイパムフィクサーというバンドのベースの人がどーでもいいことを書いています。Twitter@misachi_bass

「君のためを思って」を枕詞にしてくる人種は、質問攻めにする。

久しぶりに弾き語りでライブに出させてもらったのだが、いろいろな理由があり、ステージ後に気持ちがごちゃごちゃしてしまいました。ステージまでは良かった。それまでにちゃんと自分で自分の気持ちを管理できて、最後までできたから良かった。

 

アートでも音楽でもそうだけど、一定数「君のためを思って」という枕詞を使っていろいろなことを言ってくる人がいる。3割くらいは本当に心から言ってくれていて、残りは本人が本人のために喋っているだけで聞いているこっちはリカちゃん人形扱い、っていうのがわたしの体感。特にアートの現場だと、ギャラリーは基本的に入場するのは無料だから、作家を捕まえて話し込む場合が多くて、たぶんアートをやってる人の方が大変。バンドはまだ、チャージを払わないと入れない場所でやることが多いから少ないけど。君のためを思って、と言ってくる人にどう対応したらいいか、それはそれは困ったし疲れたし何度も考えた。この人は本当にわたしのために言っているのか、それともただ自分を誇示するために話しているだけなのか。もし本当にわたしのために言っているとしても、その内容は受け入れるべきものなのかどうか、初めて会ってまだ数十分の人のことをすぐに判断するのはとても難しい。今の所、わたしが編み出した、効率的かつ自分がすり減らない判断方法は「こちらから質問攻めにする」だ。なにか言われたら、逆にこっちから「それってどういう意味ですか? どうしたら解決するんですか? わたしはこういう機材を使ってるんですけど、あなたがいいという機材と具体的に何が違うんですか? どうしたらもっと良くなるんですか?」ととにかく言われたことに対して、イエスかノーかは保留にして逆に質問しまくる。そうすると、本当にためになることを聞けることもあるし、人からの噂話だけが知識のような人はあっという間にそれが露呈する。信頼できないなと思う人だったら、もうそこからは「アドバイスありがとうございます。がんばります。」って笑顔で言って逃げればいいし、信頼できそうな人ならもっと聞いてもいい。信頼できる人だと思えば、話を聞くのも苦じゃなくなる確率が上がる。内容を受け入れるかどうかは、あとからゆっくり考えればいい。これが今の所、わたしの最善策。

 

これは100パーセントの悪意を持って言うけれど、なにかをゼロから作り出すよりも、すでにあるものを適当に批判する方が何倍も楽で、何倍も気持ち良くなれる。それは絶対確実にそう。ゼロから1を生み出せない人は、誰かの1を批判して、自分は価値があるって誇示しようとする。そういう人種はどこにでもいて、アートや音楽だけじゃなくて、会社とか仕事とかでもいる。かといって「じゃぁお前がやってみろよ」って返すのはスマートじゃないとも思う。だから、そういう人の言葉は受け流す。一応聞けるところまでは耳を傾けることにしてる。もしかしたら、後からひらめくこともあるかもしれないから。だけど、もう、ストレスになるなら聞かない。みんなの言うこと全部を真に受けてたら、出来上がるそれは何でもなくなってしまうし、そもそも全部を聞くのは無理だし。なんのために自分がゼロから1を作り出そうとしているのか、それだけは譲らない。1から先は、信頼できる人の言葉は聞く。自分で線引きをしていかないと、だめなんだ、倒れちゃうから。

 

最近やっと実感を持って思うのは、自分の人生は自分のものであって、誰かのために生きているわけじゃないんだってことだね。ここまで長かった。これがわかったから、この先は多分楽しいと思う。

 

おわり。