みさちのにっきちょう

ハイパムフィクサーというバンドのベースの人がどーでもいいことを書いています。Twitter@misachi_bass

地獄の底まで落ちたい

だいぶ良くなったと思うんだけど、そんなに人間はすぐには変わりません。どうすればいいですか。

 

今楽しいことがあって、今大切な仲間がいて、今いろんな出会いがあって、なんて恵まれているんだと思う。だけど、たまに、昔の抜け殻が沼から出てきて足首を引っ張る。お前が報われるわけがない。お前がしあわせになれるわけがない。どうせ今の状況は続かない。おまえ、抜け殻のくせにうるさい。黙れ。

 

どんなに楽しい瞬間も、どんなに満たされた瞬間も、すべて幻なんじゃないかと思う時がある。相変わらず失うのが怖くて、失ったときをシュミレーションしている。失ったときをシュミレーションしていれば、失った時もそんなに傷つかなくて済むから。ああ、そうだね、わたしには手に入れられないものだったんだ、最初からわたしには相応しくないものだったんだ、そうやって思えばいいんだ。

 

与えること、与えられること、相変わらず謎は解けないまま。ねぇ、あなたはどうしてそんなに平気な顔してるの。ねぇどうして、そんなにニコニコしてるの。生きることは苦しくないの。どうして、どうして。なんでわたしは普通じゃないの。誰のせいなの。誰も教えてくれない。えーん、えーん、と泣いて、それで変われば苦労はないけど。一番変えられないのは自分自身と過去だ。

 

実は、どん底であることは、地獄であると同時に、最高の幸福なのだ。例えば、愛しい人の肌に触れるとして、その幸福感よりも、どん底で生み出したものが誰かの真ん中に突き刺さる時の方が最高に気持ちいい。しあわせになりたいとは口で言うけど、本当は地獄が好きなのかもしれない。どうせ本当にしあわせになんてなれやしないんだから、だったら地獄で足掻いている方がマシだ。あなたは地獄にしかない快感を知っているか。わたしはあなたが知らないものを知ってる。地獄の快楽。地獄に落ちることの甘美さ。最低な甘美さ。

 

たまに訪れる全能感だけに中毒になってる。全部から遠くに行って、その瞬間だけは、どこでもなく、自分だけがすべてになる。最低でクズで才能なんかないけど、あなたに刺さったときだけは、わたしが生きてる価値があると思える。たぶんね。最低でもいい。地獄に底があるならいってみたい。助けてほしいのに、突き落としてほしい。さっさと終わりたい。終わりはいつもすぐそこにあるのに、いつも遠くにある。

 

おわり。