みさちのにっきちょう

ハイパムフィクサーというバンドのベースの人がどーでもいいことを書いています。Twitter@misachi_bass

実家にいるけど、またここに置いて来たものが襲って来てる

実家に帰ってきました。

実家きらい。ほんと嫌い。この土地も嫌い。整理できてないものが溜まりすぎてるから、ごちゃごちゃしたものの中にいるのが嫌。いつも心乱される。

 

曲を作るようになって、歌詞を書くようになって、なにを書こうかと思うとき、必ず思い浮かべるのは高校生だった自分だったりする。わたしは田んぼばかりの田舎道を自転車で通っていた。春にはレンゲが植えられレンゲ畑になり、初夏には水が入り田植えが始まる。だんだんと稲が育っていくのだが、ゆらゆら揺れる稲は草原のようできれいだった。秋になれば、緑色の草原はだんだんと黄金色へ変わっていく。ひとつ、またひとつと稲刈りをされて裸になった田んぼが増えていく。冬の間は稲が干されているのを見つめる。霜が降りれば田んぼが一面まっ白くなる。そしてまた春が来る。レンゲが咲いて、また季節が回る。いつも見てた景色。そして、わたしは自転車に乗って、暑い日も寒い日も、田んぼを見つめながら走った。いろんな気持ちで走った。そればっかりを思い出す。

 

だから多分、あの時の自分のために書いてるんだと思う。あの頃に解決できなかったこと、あの頃に分からなかったこと。そういうものと折り合いをつけるためにやってるのかもしれない。単純に癒されたいのかもしれないけど。

わたしの高校時代は全然明るくも楽しくもなく、いろんなことにもがいてた。今思えば、本当は両親から受け入れてもらいたかったのだと分かるけど、その時は分からなかった。分からなかったから、いろんなことをして、いろんなところへ行って、いろんな人に会った。めちゃくちゃだった。たぶん、探してた。自分が自分のままで居られる場所を。見つからなかったけど。めちゃくちゃすぎて、どんどん両親との溝が大きくなっていって、どんどん苦しくなっていってた。自分でも自分がなにを求めてるか分からなくて、両親はもっと分からなかったのだと思う。解決できないうちに卒業がきて、わたしは家を出た。

 

一人暮らしは楽しかった。新しい場所で新しい仲間ができて、それまで出会うことのなかったタイプの友だちがたくさんできた。すごく楽しくて、ここならわたしはわたしのまま居られると思った。だけど、置いてきた両親とのわだかまりは今でもそのままなんだと思う。

 

高校生の頃に、学校の外で出会った人たちはみんなもう連絡先も分からない。ネットで出会った人もいるし、その頃に散々一緒につるんでた大人たちも、勝手にわたしに夢を託してどっかに行ってしまった。まぁ、欠けたものを探してる者同士がたまたま通りかかって、たまたま一緒に過ごしてただけなのかもしれない。数年前までは、帰省するたびに、溜まり場になっていた町のカメラ屋に行ってみたりしてたけど、結局一度も会えなかった。自分も連絡先も変えてしまったから分からないし。何年か経って、たまに連絡が来たりしたけど、短いメールをしただけで終わったりした。あの人たちは今頃どうしてるだろうか。

 

解けないものがたくさん置き去りにされてるこの場所へ帰るのは苦痛だ。もう会うこともない人たち。埋まらない溝が埋まる日は来るのかな。だんだん諦めてるけど、それでも期待して諦められなくて、なんだか急に高校生に戻った気分になるのがしんどい。ありのままのわたしでいいって、言って欲しかったんだよって。今なら分かるけど。今ならね。

 

おわり。

早めにここからは立ち去りたい。