みさちのにっきちょう

ハイパムフィクサーというバンドのベースの人がどーでもいいことを書いています。Twitter@misachi_bass

頭の中を整理するために書き出す(何の意味もない)

またもやバッテリーが切れかかっている。最近、いろんなものが遠くへいっちゃって、ああ、仕方ないけど、悲しいなぁ。そうやって、だんだん深入りするのが怖くなってくるんだけど、なんかやってないと落ち着かないというか。そのままでもいいよって、なればいいんだけど。気持ちはあっちへいったり、こっちへ行ったり。そう考えると、結局は真ん中にあるものを巡ってわたしは手を替え品を替えあがいているのかもしれないなぁと思う。ちょっと最近、読書が足りないかなぁ。

 

また自己イメージと身体がズレてきてて、この前までは身体が透明だったのに、今は自己イメージと鏡だけでなくて、新しく第三者が登場してきて、またもや混迷を極めている。別に身体に興味はないと思っていたけど、やっぱりどこかで羨んでしまうのだから、わたしも身体に縛られているんだろうなぁ。可愛いものが好きとか言って、ちゃんちゃら笑えるね。

 

なんか無意味に時代の流れみたいなものにちょっとハラハラしてるんだけど、これはわたしがフワフワしてるからかなぁ。たぶん、目の前の生活が変わりだす頃には、もう波は止まらないと思うんだけど。なんかちょっとビビる。

 

そうそう、この前にね、小学生の授業を見学させてもらう機会があって、小学校6年生ね。それとか、他にもたまに大学生向けの講演とかね、見せてもらうことがあるんだけど、たぶん、わたしがその年齢だったら全然興味ないだろうなぁとおもうけど、今のわたしにはめっちゃ響くってことがよくあるのよね。本当は周りの人はわたしにたくさん与えてくれていたのかもしれないなぁ。わたしもこういうことを教えてもらって育ったのだろうか。嫌なことばかり記憶にインプットされてて、いいことが全然思い出せない。本当の強さは、環境に適応すること、なんだって。あと、優しさは訓練だって言ってた。優しさを得るには訓練がいるって。想像するんだって。

 

ずっとね、逃げ出したかったんだろうね。ずっと、昔も今も、逃げ出したかったんだろうな。何もかも放り出して、どっかいっちゃったらどうなるかなみたいな。まぁ、そんなことはあり得ないんだけど。逃げるのも案外勇気いるんだよ。もう逃げられねぇなって、もう分かったけどさ。たまにこう、自分で、こういうこと考えてるのは、究極的には逃げたいんだなって思うときある。そしたらそれはもう無意味な思考だからやめる。あと休むね。そういうときは休む。別に人と比べなくていいのってね。パワーが足りないときは休む。それね。最近できるようになったことのひとつね。

 

つまり、既に言語化できてるってことは解決してるってことよね。言語化できないものこそが真ん中にあるのだよ。だとしたら、端っこから無理矢理言語化していくしかないよね。ガリガリってね。そんなかんじ。

 

おわり。