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みさちのにっきちょう

ハイパムフィクサーというバンドのベースの人がどーでもいいことを書いています。Twitter@misachi_bass

ものを作ることについて、朝の布団で考えている

眠りに落ちる間際、頭の中は自由になって、ふわふわといろんなことが浮かんでくる。メモを取りたいけど、たぶん目を開けて携帯の光を浴びたら全部忘れてしまうので、いつもそのまま。

 

自分について考えている。わたしは知りたいし、楽になりたい。10代の頃、どうしてみんなはそんなに楽しそうに笑っていられるのか分からなかった。素直に笑えればよかったのに、とにかく怖いものだらけで、なぜ自分は普通でないのか、どこにいけば認めてもらえるのか、もがいていた。どうしてそんなことを思っていたのかを考えている。ぽろり、ぽろりと、過去の記憶が出てくる。

 

わたしはずっと、ものを作ることに執着していて、とにかく何でもいいから何かしていないと居られない。今まではずっと写真をやっていたけど、どんなに必死になってもわたしにはいろいろなものが足りなかった。自分の中のものもそうだし、自分が選んだ環境ももう変えられなかった。とにかく必死にもがいたけど、結局はただただお金だけがなくなって、わたしには何のためにものを作るのかという命題のみが残された。楽しいから、で通用するようなところではもう満足できない。

 

わたしが思うに、作家として継続的に作品を作り続けられる人というのは3つのタイプがあると思う。

まず、天才。これはもう何をしても素晴らしいものができる、才能みたいなこと。または、作ることと生きることがイコールの人。食事をするように、なにかを作ることができ、しかも素晴らしいものが出来上がる、という人。

次は、根性。自分が天才ではないことを知っていて、それでも作り続ける人。努力、研究、練習を惜しまず、真摯にものを作っている人たち。

あとは、理論。これは作ることが目的というよりは、学問としての製作のようなことをしている人。研究家。またはテクニック。感情ぬきで、よいものが作れる人。

 

そんなことを考えていました。だんだんなに書いてるのか分からなくなってきた。

 

わたしは自己顕示欲とか、承認欲求とか、あまりないと思ってたけど、そうでもないみたい。ただし、それは、わたしが作ったものに関してだ。わたし自身のことを何か言われても怖くなるだけ。わたしが作ったものが、どこか遠くまで届いて欲しい。願わくば、同じように苦しんでいる人に。そしたらわたし自身も許されるんじゃないかなって気がしてる。

 

二度寝しよ。