みさちのにっきちょう

ハイパムフィクサーというバンドのベースの人がどーでもいいことを書いています。Twitter@misachi_bass

1人の居酒屋からお送りします(結論はない)

この記事には結論はありません。むしろあるなら教えて欲しい。

 

果てしなき欲望との戦い

私は「欲望」に興味がある。自分自身の欲望にも、誰かの欲望にも。欲望は不思議だ。満たそうとしても、満たそうしても、また沸いてくる。究極的にはなにを欲しているのか分からないのに、なにかを求めている。ラカンは欲望を肯定していて、欲望は誰かの欲望であると言うけれど、究極の象徴は手に入らないのに私はなにをあがいているのだろうね。

 

承認欲求という悪魔

承認欲求は怖い。自分自身にもおぞましいほど承認欲求があるから嫌になる。人はひとりでは生きられないなんてありきたりな言葉だけど、人は誰かに承認されたいと欲している。しかも、自分が認める相手に承認されたいのだ。どこかの誰かに承認されても意味がない。そこがまた厄介である。

 

インターネットと承認欲求

インターネットは怖い。最近はインターネットが怖いという意識が薄れているのがまた怖い。私は結構むかしからインターネット漬けの日々を送っていたので、インターネットは怖いものっていう意識がまだどこかにあるけど、それを知らない若い人も多い。それを見てるとなんだか私もタガが外れそうになる。要注意。

 

自分を売り物のにすることと女性性

女性性はいつでも私を苦しめる。でも反面、女性でラッキーなこともある。苦しみと、ラッキーはいつでもセットだ。タガを外したら気持ちいいかもしれないけど、怖いところに行くことだと思う。そこはギリギリなんとか言い聞かせてる。あとジェンダーの問題は複雑すぎて、ひとつのカテゴリに入れられないと思う。永遠に分かり合えないジレンマ。フェミニズムの本をたくさん読んだけど、解決はできなかった。

 

なんでこんなの書いてるのかな

酔っ払っているからです笑

酔っていると気が大きくなるので、寂しさも倍増しますね。私は基本的にはなにかをしていないと落ち着かない人間で、それはインターネットで何かを書いたり、写真を撮ったり、音楽をしてみたりしている。承認欲求を何かに還元できたらいいね。でもそれが承認されないとさらに袋小路に入るよね。みんな誰かから承認されたがってる。それが厄介だ。

 

なにも気がつかないならオールオッケー

ここでマウンティングかますぞ。なにも知らなければ、なにも知らないまま、幸せに生きられる。手身近な承認とともに生きる。最高。超ハッピー。ぬるま湯オールオッケー。知らないことは幸せなことでもあり得る。でも、知ることができる環境にいられることは幸せでもありえる。なんで隣の芝生はこんなに青いのか。そしてなぜ私の性格はこんなに悪いのか。

 

ブログ書くのが楽しいです

日常生活で話し相手がいないので、ブログ書くのが楽しいです。ここでは好き勝手書けるね。顔を出してるしライブもしてるから、あんまり過激なことは書かないようにしてるけど。基本的には平和主義者よ。誰かと言い争う時間があるなら自分の思考を深めたい。それか読書か映画。考えることは楽しい。大人にならないと分からないことがあるっていうのは本当だった。

 

初期衝動を超えられるか

若くてフレッシュで、何も知らないものはとても魅力的だ。若い頃、自分の夢を私に託す大人がたくさんいた。今思えば超ムカツく。お前の夢を私に託すな。センチメンタルになってんじゃねぇよ、という具合。あ、ちょっと過激になってきたので自粛。

憧れる大人、そうでない大人がいるでしょ。憧れる大人はだいたい黙ってやるべきことをやっている。声が大きい人にほど注意だよ。

 

おわり。

以上です。私はがんばります。認められなくても、私は私の欲望を肯定して、目の前のニンジンを追いかけ続けるでしょうよ。上等。やってやるよ。あとは黙ります。やることやるよ。

 

 

 

おしまい。(酔っ払いの戯言でした)