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みさちのにっきちょう

ハイパムフィクサーというバンドのベースの人がどーでもいいことを書いています。Twitter@misachi_bass

29歳のわたしがBase Ball Bearの「魔王」について解釈する

音楽のはなし

 時代遅れ感が半端ないのですが、今日はBase Ball Bearのアルバム「二十九歳」の「魔王」という曲について書きますぞ。あ、私は音楽理論とか曲の構造とか音楽的なアプローチは出来ませんので、歌詞とかアーティストの背景とかから解釈します。

 

 


ELECTRIC SUMMER〜UNDER THE STAR LIGHT〜魔王 by Base Ball Bear

 

 「魔王」はアルバム「二十九歳」の収録曲です。

願うだけじゃ叶わないってこと そんなの知ってる

想うだけじゃ繋がれないってこと それも分かってる

こんな歌いだしから始まるこの曲。

http://j-lyric.net/artist/a04c8a1/l031885.html

 

この曲は29歳のこいちゃんから、17歳の若者へのメッセージだよね(結論)

結論から言っちゃうよ。これを言うために回りくどくいろんなことを書いていきます。

 

さて、Base Ball Bearといえば青春ロック、「17才」という初期の名曲がありますな!

Base Ball Bear - 17才 - YouTube

それからBase Ball Bearはいろんな変化を遂げてリリースされたのが「二十九歳」。タイトルも曲の歌詞も、初期の曲と対応してるのが分かりますな。これに限らずベボベは自分たちの曲に対するアンサーソングとか、対になってる曲がたくさんあるですぞ。

 

二十九歳は私的トラウマアルバム

Base Ball Bearだいすき、CD買います人間な私だが、このアルバムだけは聴くのが怖くて聴けなかったのであります。それは、昔ベボベが青春を歌ってきたように、このアルバムは29歳の葛藤とかを歌っているからである! やたら歌詞がリアルなんだよー。聞いてて苦しいのだー。

 

「魔王」って言えば「おとーさん!おとーさん!」だよね?

シューベルト 「魔王」 - YouTube

中学校で習った、シューベルト「魔王」って覚えてますか? 「おとーさん!おとーさん! 魔王が来るよ!」だよ。今も教科書に載ってるのかな。あの「魔王」の衝撃といったら、その後しばらくは「魔王ブーム」でとりあえず事あるごとに「おとーさん!おとーさん!」って歌って爆笑するみたいな。あれ、これってうちの中学校だけ?

それはともかく、ベボベ「魔王」の歌詞には、魔王っぽいものが何も出てこないんだよ。魔王もないし王者もないし勇者もない。逆に私的な生活の歌詞なんだよね。なのになぜかタイトルは「魔王」。これは暗にシューベルト「魔王」、そしてそれを中学校の音楽で習った、っていうのを連想させようとしているのかなと思った。こいちゃんと私は同世代だから、魔王っつったらもう「おとーさん!おとーさん!」が脳内再生されるのは同じなのかなと予想。

 

シューベルト「魔王」はどんな曲?

『魔王』(まおう、Erlkönig)は、フランツ・シューベルトが作曲したリート(歌曲)。ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテの同名の詩に、少年期の作者が触発され、短時間のうちに歌曲と伴奏を完成させた作品。

ウィキペディア先生から引用。シューベルトゲーテの詩に曲をつけたんだって。「野ばら」とかも同じらしい。そういえば「野ばら」も音楽でやったね。

そしてこれは10代の頃に完成させたらしい。


シューベルトはある本のなかの魔王の詩を朗読しながら、興奮していた。本を手に行ったり来たりしていたが。突然坐りこんだかと思うと、ごく短時間のうちにすばらしいバラードが紙に書きつけられた。シューベルトはピアノを持っていなかったので、われわれはこの楽譜を手に神学校へ走って行った。『魔王』はその日の夕方のうちに神学校で歌われ、興奮で迎えられた。(後略)

— ヨーゼフ・フォン・シュパウン、[1]

友だちのヨーゼフ君の証言(笑) なんと若者の衝動の塊みたいな曲なんだね! 青春じゃねぇか!

 

魔王のあらすじ

シューベルト「魔王」のあらすじ。いろんな日本語訳があるからアレですけど。動画みれば日本語訳ありますけども。

夜中に馬を飛ばす父親と子ども。子どもは「魔王がいる!」と父親に訴えるけど、父親は「木の音だよ」とか何とか言って聞いてくれない。魔王は「こっちの世界にくれば楽しいよー」と子どもに囁きかけてくる。切羽詰まる子ども、父親は魔王が見えない、魔王が子どもを苦しめる、家に着いたときには子どもは死んでいました。おしまい。

という歌詞。子どもの「おとーさん!おとーさん!魔王が来るよ!」がだんだん切羽詰まってくるのがだいぶ怖い。これは忘れられない。この日本語訳の歌はネットにはないみたい。教材用のものだったのかな。

なぜ馬を飛ばしていたのか、どこへ向かっていたのか、なぜ魔王に狙われていたのか、調べてみたけど細かいことは分からないみたい。

さて、この詩にはいくつかの解釈ができる。

 

  • 分かり合えない大人と子ども

これはもう文字通り。子どもに見える魔王が父親には見えない。分かり合えない大人と子ども。

  • 啓蒙による、感性の死

父親啓蒙思想の象徴、子どもはそれまでの感性とか自然主義のようなものの象徴ととらえるパターン。啓蒙思想によって、それまでの思想が死にゆく、ということだね。そして分かり合えないってことだね。魔王だし。

  • 見えものを信じる子ども、信じられない大人

これは啓蒙思想による感性の死と同じだけど、大人になると学習によって得た知識によって、そのもののありのままを見るのが難しくなるよね。という話の典型ととらえるパターン。本当は父親にも魔王っぽいものが見えてたのかもしれないけど、なんやかんや言い訳をしてそれを認めない。そして結果的に子どもを失ってしまう。見えるものを見えるままに受け止めるのは大人になると難しくなってしまうんだよね。

 

これを踏まえてベボベの魔王に戻ると

さぁここでなぜこいちゃんがベボベの曲に「魔王」とタイトルをつけたか。

(こいちゃん、はBase Ball Bearのギタボでほとんどの曲を作詞作曲してる小出祐介のことね)

シューベルト「魔王」を見ればなんとなくこんな解釈ができるかなと思う。

こいちゃんが17才(または魔王を習うような年頃)の子たちに向けて、あの頃を思い出しつつ、分かり合えない絶望、想いが届かない葛藤などを書いていると。だけど、そのままでいいんだよ、そんなみんなのためにこいちゃんは歌うよ!という、曲なのかな。

こいちゃんといえば、折に触れてスクールカースト最下位で最悪な学生時代を過ごしたことを告白しているけど、同じように苦しんでる人たちに向けた曲なのかなと思うよ。

 

「光射すあの丘に 旗を立てた彼」

この歌詞の「彼」はサカナクションの山口一郎さんのことらしい。雑誌のインタビューにあったそうですが実物は確認してないので信憑性はハテナです。でもそうだとすると、結構すんなり意味が通るね。

サカナクションは商業的にも大成功してる上、サカナクション独自のジャンルを築いてるし、かなりの成功パターンだと思う。Base Ball Bearも売れてるけど、サカナクションに比べたらやっぱり商業的ではない部分があるかなと思う。あとスタイリッシュさとかは圧倒的にサカナクションの勝ちだし。

そんな風にはなれない、なれないけど、そうなったらもう僕じゃない、ってすごい歌詞だよね。あくまで自分は最下位であると、それでいい、そこから発信できるものがあるよ、って感じか。

 

結論、そんなこいちゃんが好き

かくいう私もスクールカースト最下位のパターンだったので、もうそんなこいちゃんが好きすぎ。だからBase Ball Bearがすき。そして湯浅が心配(これは関係ない)

 

じゃあもう一回聞いてお別れね

ELECTRIC SUMMER〜UNDER THE STAR LIGHT〜魔王 by Base Ball Bear - YouTube

この3曲の流れ、たまんねー!

 

おしまい。