みさちのにっきちょう

ハイパムフィクサーというバンドのベースの人がどーでもいいことを書いています。Twitter@misachi_bass

酔っ払って調子に乗ってるけど、やっぱりライブは最高だ。

どんどん、わがままになってく。

 

ライブをしました。

ライブは楽しい。この空間が、わたしたちの音で満たされていく。最高に快感だ。

正直、ベースを弾きながら歌うのは大変で、他の音なんてほとんど聴けてない。聴いてるのは一部のキメのところだけで、あとは空を見てる。客席を見ながら、過去を見てる。

不思議なことに、目の前の人たちを飛び越えて、自分の過去ばかり思っている。不誠実かもしれないけれど、わたしはやっぱり自分のためにしか歌えないし作れない。自分を救いたい。過去の自分を癒すために歌っている。

何のためにステージに立つのか、なんのために作るのか。究極的にはやっぱり自分のためだ。過去の自分のため。昔の残像のため。過去の傷を癒すため。いつかは誰かのために歌ったり作れる日が来るのだろうか。

下手なベースと歌を、全力で歌って演奏する。曲が始まればもう自分が全能だと思うしかない。誰になにを言われてもいい。下手でもいい。わたしはわたしのためにやるし、わたしはちょっとやそっとじゃ辞めない。それだけ。なにを言われても別に構わない。自分のためにしか歌えないんだから、それでいい。

わたしはわたしでしかないし、過去は変えられないし、それでも生きてくしかないとしたら、わたしはやりたいことをやりたい。誰のためでもなく、自分のためにね。

別になにを言われてもいい。わたしにはたくさん味方がいるから。もう折れない。

 

見ててね。

 

おわり。

写ルンです風のアプリにハマってるはなし。

このアプリにハマってる。

 

f:id:s_awa:20171021093410j:imagef:id:s_awa:20171021093414j:imagef:id:s_awa:20171021093419j:imagef:id:s_awa:20171021093425j:imagef:id:s_awa:20171021093431j:imagef:id:s_awa:20171021093434j:image

 

Huji Cam

Huji Cam

  • Jbinary
  • 写真/ビデオ
  • 無料
Huji Camを App Store で

 

内容はシンプルで、写ルンですみたいに撮れるだけのアプリ。無料と有料があって、無料だと自動保存が使えないみたい。アプリ内には保存されるから、手動でカメラロールに書き出しが必要。

 

f:id:s_awa:20171021093845j:image

操作画面はこんな感じ。右下のデカイボタンがシャッター。ストロボ使うか使わないかだけ選べる。あとは押すだけ。まさに写ルンです

 

f:id:s_awa:20171021093955j:image

左の窓を覗いて撮るのは流石にやりにくいので、こうやって画面を見ながらも撮れるようになってる。

で、ここで面白いのが、ここで見えてる範囲と、画像で保存されてる画面の範囲が微妙にズレてること。なんとデジカメのくせにパララックスを再現しておる。ちなみに撮ったあとは勝手に保存されて、画像一覧に移動するまで撮影結果は見られない。だから、意図しなかったやつが撮れるのよね。フィルムっぽいエフェクトもランダムでかかるみたいだからさらにコントロール感がなくてよい。フィルムカメラのたのしさを思い出した。

 

その昔、わたしは『ラブ&ポップ』という映画にハマっていて(小説も読んだ)、そこにはコンパクトカメラで写真を撮るのが好きな女子高生が出てきてて、それの真似事をしてたんだよね。ちょうどそのあとガーリーフォトのブームが来たりもして、コンパクトカメラってのはすごく馴染みがあるし、なんとなく好きなのに好きって言えない悔しさみたいなのがあって。コンパクトカメラの雑な感じとか、ギンギンな色味とか、なんでもそれなりによく見えちゃうからね。でも今は素直に楽しい。なんでもないものをパシャパシャ撮る。どうなって出てくるか分からないワクワクが楽しい。まぁ今更これでどうこうってことはないけど、なんとなく、写真をやり始めた頃の、ただただ撮ることが楽しい気持ちをまた味わってる。

 

ちなみに写真はインスタに載せてる。などと宣伝をして終わります。

 

みー (@misachi_bass) • Instagram photos and videos

 

おわり。 

 

地獄の底まで落ちたい

だいぶ良くなったと思うんだけど、そんなに人間はすぐには変わりません。どうすればいいですか。

 

今楽しいことがあって、今大切な仲間がいて、今いろんな出会いがあって、なんて恵まれているんだと思う。だけど、たまに、昔の抜け殻が沼から出てきて足首を引っ張る。お前が報われるわけがない。お前がしあわせになれるわけがない。どうせ今の状況は続かない。おまえ、抜け殻のくせにうるさい。黙れ。

 

どんなに楽しい瞬間も、どんなに満たされた瞬間も、すべて幻なんじゃないかと思う時がある。相変わらず失うのが怖くて、失ったときをシュミレーションしている。失ったときをシュミレーションしていれば、失った時もそんなに傷つかなくて済むから。ああ、そうだね、わたしには手に入れられないものだったんだ、最初からわたしには相応しくないものだったんだ、そうやって思えばいいんだ。

 

与えること、与えられること、相変わらず謎は解けないまま。ねぇ、あなたはどうしてそんなに平気な顔してるの。ねぇどうして、そんなにニコニコしてるの。生きることは苦しくないの。どうして、どうして。なんでわたしは普通じゃないの。誰のせいなの。誰も教えてくれない。えーん、えーん、と泣いて、それで変われば苦労はないけど。一番変えられないのは自分自身と過去だ。

 

実は、どん底であることは、地獄であると同時に、最高の幸福なのだ。例えば、愛しい人の肌に触れるとして、その幸福感よりも、どん底で生み出したものが誰かの真ん中に突き刺さる時の方が最高に気持ちいい。しあわせになりたいとは口で言うけど、本当は地獄が好きなのかもしれない。どうせ本当にしあわせになんてなれやしないんだから、だったら地獄で足掻いている方がマシだ。あなたは地獄にしかない快感を知っているか。わたしはあなたが知らないものを知ってる。地獄の快楽。地獄に落ちることの甘美さ。最低な甘美さ。

 

たまに訪れる全能感だけに中毒になってる。全部から遠くに行って、その瞬間だけは、どこでもなく、自分だけがすべてになる。最低でクズで才能なんかないけど、あなたに刺さったときだけは、わたしが生きてる価値があると思える。たぶんね。最低でもいい。地獄に底があるならいってみたい。助けてほしいのに、突き落としてほしい。さっさと終わりたい。終わりはいつもすぐそこにあるのに、いつも遠くにある。

 

おわり。